5月4日(火)19時30分:#StopAsianHate『差別をしてしまった経験はある?』えりなかれんと考えようvol.3

5月4日(火)19時30分:#StopAsianHate『差別をしてしまった経験はある?』えりなかれんと考えようvol.3
配信日時 5/4(火)19:30〜
タイトル #StopAsianHate『差別をしてしまった経験はある?』えりなかれんと考えよう:thought_balloon:vol.3(録音:red_circle:記事化予定:pencil:
登壇スピーカー karenErinaRei
説明文 #StopAsianHateについてこれまで様々なディスカッションをしてきました:raised_hands_tone1:

・なぜ差別は起こる?
・差別された経験
・ヘイトのない世界とは?
・差別してしまう人のメンタリティは?

これらを踏まえて、差別をどう乗り越えていくかをみんなで話したい:thought_balloon:

今回は前回話せなかった、2人の個人的な経験について話してみます:bulb:

ルームURL https://www.joinclubhouse.com/event/MEK2WnNy
ロガー ぷくし

 

※本記事に関する内容は、全てのスピーカーの記録および記事化の承諾の下掲載しております。なお、当メディアにおける記録および記事化のガイドラインはこちらをご参照ください。→詳しくはこちら

えりなかれんの部屋とは?

Erina
Clubhouseでコンビとして活動し、なくてはならない存在になったKarenですが、私とKarenはもともと友達だったわけではなく、実はClubhouseで出会って仲良くなりました。

 

Erina(@a.b.c.d.erina)

「クラブハウス創業者トーク」でClubhouse創業者の話を日本語で発信。「#えりなかれんの部屋」で、相棒のKarenと共に国内外の様々なトピックスを発信。フリーランス通訳として、面白い外国人を探す番組からビジネスまで幅広く活動。温泉とラグビーが大好き。

Karen(@kareeen0221)

karen
イギリス生まれ、日本・南アフリカ・アメリカ育ち。2021年2月から「クラブハウス創業者トーク」「#えりなかれんの部屋」でクラブハウス創業者の話や文化を英訳発信し、クラブハウスの文化を日本中に届けている。今年の目標は毎日1本映画鑑賞と適酒。

 

2人が辛酸なめ子さんから受けたインタビューはこちら

 

Erina
2人の共通の関心事に「多文化共生」「偏見のないフラットな世界」があって。そのルームをやりたいねと話していました。タウンホールでも「#StopAsianHate の議論が活性化して、世界中でルームが盛んに開催されています」と取り上げられたのを受けて、私たちも真剣に向き合ってみようとこの番組企画を始めました。
今、シリーズで通算6回目。パレットメディアでの開催は3回目になります。
vol.1vol.2

Karen
これまで過去に、
・そもそもStop Asian Hateって何?
・なぜ差別は起こるんだろう?
・差別された経験はありますか?
・ヘイトの無い世界ってどんな世界?
・なぜ人は差別をしてしまうの?
を皆さんと話して来ました。

前々回は差別される側の視点で「こんな差別を受けてきました」の経験を皆さんからシェアしていただいて。前回は「差別してしまう人はなぜ、どういう風に差別してしまうんだろう?」をディスカッションしてきました。

今回は「自分自身が差別をしてしまった経験はある?」をテーマにディスカッションできたらと思います。
差別を無くすには、自分が差別した自覚を持った上で、なぜその感情や行動が生まれたのか根本に向き合えないと、差別は無くならないと思います。それを考えることで差別はどうやって起きるのか向き合って、より深く差別について考えられたら良いなと思います。

Karen
今回の論点は以下。

①いじめと差別、区別と差別の違い
②自分で変えられないものに対する行為は差別
③余裕が無いと差別に繋がる
④共感力と差別
⑤理解を求めるだけでは、逆に差別を放置する
⑥本当の意味で差別が無くなるためのステップ

登壇してくださったゲストの方々。

H.Oさん(日本) / Y.Dさん(フランス) / S.Mさん(日本) / M.Tさん(日本) / T.Yさん(LA) / Y.Iさん(日本) / M.Cさん(マレーシア) / Y.Fさん(日本) / T.Hさん(日本)

いじめと差別、区別と差別の違いは?

Karen

karen
前回の番組で、差別は先天的?後天的?って話が出て。「子供のいじめは差別の意識があるか否か」という議論が出ました。

Erina

いじめと差別の違いって何だろう?人種を理由にいじめるのは差別に入る。でもいじめって多分いろんな理由があるじゃん?

私は、小さい時いじめてしまったことがあるなって思う。人種を理由にいじめたことはなかったけど、何かが合わなくて喧嘩になって、結果的にみんなが私の味方について、いじめに発展した経験はある。

 

Karen
喧嘩の発展と差別との違いは何だろうね?

Erina
少数を標的にしている点じゃないかな?例えばクラスに女子が10人いて、5対5の喧嘩なら差別やいじめに繋がらないけど、1対9だったら理由は何にせよ、いじめになると思う。

今、差別の定義を調べてるんだけど、「差別とは、特定の集団や属性に属する個人に対して、その属性を理由にして、特別な扱いをする行為である。それが優遇か冷遇かは、立場によって異なるが、通常は冷遇、つまり正当な理由なく、不利益を生じさせる行為に注目する。」って書いてある。

H.Oさん
こんばんは。自分の考えを伝えても良いですか?
差別は多分、自分の中の正義でやってたはずなんだけど、正義の反対側は何だと思いますか?悪?

実際には、正義の反対はまた別の正義で、決して悪ではないですよね?相手が何かしても、相手にとってそれは悪ではなく、相手にとって別の正義だってことを常に考えて欲しいんです。

あと、大人になると多様性がわかってきます。若い頃は経験が無くて、自分の理解できないものを嫌だ悪だと思って、いじめになる可能性があります。
無意識のうちにいじめている可能性もあると思います。日本の文化は特に村社会で、飛び抜けると周りから反発を食らったり、人と違うって目を向けられる。

それから外国に行くとどうしてもマイノリティになってしまいますが、これは別の言い方をすると、差別ではなくて区別であるはずなんですよね。差別ばかりではなく、区別の視点も入ると良いかなと思います。

Karen
個人的には、根本的な概念は区別も差別も同じで、区別はポジティブ、差別はネガティブなイメージ。
差別と区別の違いは、差別とは違いを認識した上で悪として扱って、否定や抑圧や非難することに近いと思いました。

差別をしてしまった経験はありますか?

Karen

karen

私自身の経験を話すと、当時はたかがいじめくらいに思っていて、でも振り返ると差別だったと思うことがあって。

私は海外に住んでいた時にインターナショナルスクールに通っていて、そこにはいろんな人種の子がいて、出身国によって英語のイントネーションが違ったりする。
とあるインド人の子がいじめられてて。誰も喋り方とか英語がおかしいとか肌の色に言及しないけど、みんなそれとなくその子を避けてた。その子が近寄ってきたらみんなでその場を解散したり、その子が触ったものを触らないようにしたり…いわゆる小学生っぽいいじめが起きていて。

それが起きた理由は、喋り方や肌の色が自分たちと違ったからかなって。「インドっぽい喋り方だから」とか「肌の色が違う」の差別的な理由で、いじめる標的にしていた。小さい時に差別を無意識にしてしまっていたと思う。

 

Erina

私は茨城の普通の公立の小中学校に通ってて。特に女の子って、クラスでヒエラルキーがあるじゃない?グループの中でいじめや仲間外れが起こったり。男の子に、きもいよね~、さわらないで!〇〇菌が感染る!とかいじめたり。

それと今振り返ると思うのが、どちらかというと貧乏な子がいじめられていて。守る対象とされる障害を持っている子や、病気がちの子がいじめられた時は、先生は凄く怒る。「それはいじめだ」って。でも貧乏な子がいじめられるのは、先生もあまりセンシティブにならなかった。
幼いながらに服装とか家計が自分たちとは違うことを感じ取って、あとはどの子をいじめると先生に怒られて、どの子をいじめると怒られないかを小学生ながらに察していじめてたのかなって思うと、酷な話だなって。

 

Karen
社会的弱者をいじめの標的にすることは、差別をしている意識が芽生えるのに、そうじゃない子に対するいじめは、潜在的に差別と思っていたとしても、無意識的にいじめてしまうのかな。

自分で変えられない属性に対する行為は差別

Y.Dさん
はじめまして。私は、差別は自分で選べない属性に対してする行為だと思います。

私の経験で思い浮かんだのが、自分が小学生の時に、日本とスペインのハーフの友達がいて。中学生になってみんなで話している時に、ある子が無意識にその子に「心は日本人なの?」って聞いたんですね。おそらく、日本とスペインのどちらに強いアイデンティティがあるのか聞きたかったんだと思いますが。でも大人になって考えると、心に人種なんてないし、すごい無意識の差別だったなって思いました。

このことを思い出したのが、男性メイクアップアーティストの方のインスタグラムへの投稿で。その人はドラァグクイーンのメイクを紹介している人なんですが、視聴者から「心は女なんですか?」って質問が来ていて。その質問をすること自体おかしいし、悪気が無くても差別だなって思った経験でした。

Erina

悪気なく差別的な発言をしてしまうマイクロアグレッションですよね。人種ベースだと差別になって、能力やテストや成績ベースだと差別にならないのか、それが難しいと思いました。

Karen

karen
差別は自分で変えられないものを理由に批判することであれば、身長とか身体的特徴を理由に行う行為も差別になるよねって、お話を聞きながら思った。

 

Y.Dさん
差別は自分で変えられない、もしくは変える必要のないものを理由に批判することだと思います。人種だけじゃなく、宗教のように後から自分の意思で選び、変えないものもあるので。

差別と区別の違いは、例えば学校でクラスを2つに分けようという時に、赤が好きな人と青が好きな人で分けたら区別だけど、男と女で分けたら差別だ、とかそういうことでしょうか?

S.Mさん
そう思います。偏見とは、実態を見ずに前もって判断してることだと思うんです。偏見で何かしらの行為をすることは、作為的でも不作為的でも、表に出た時に差別になると思います。区別は偏見に基づかないものだと思っています。

でも、例えば障害者手帳を使うというのは、それは差別にはならない。合理的な必要性に基づいた行為であるので。

Karen
障害者手帳を出すのは、社会生活をしやすくするために示す目的であって、差別ではない一方で、障害者手帳を持っているからどうこう批判する区別は、差別にあたるということなのかな?

メンタル的に余裕が無いと差別に繋がる

M.Tさん
こんばんは。私は歯科衛生士なのですが、韓国人か中国人の留学生の方が歯の治療に来られた時に、説明をしてあげたくても通じなくて、日本の保険のルールでは仕方ないこともあり、希望通りにしてあげられないことがあって。歯の保険のルールって結構ややこしいんですね。わかってもらえず、説明するのが面倒だと思ってしまったことがあります。

プライベートで外国人の方に道を聞かれる時には、言葉の壁があっても身振り手振りで対応できるし、困っている人を助けようって思えるのですが、仕事になると、どうしても言葉の壁で困難で、面倒くさいと思ってしまうことがあります。

Erina
言語もそうだし、言語が同じでもコミュニケーションがうまく取れないと誤解が生まれやすいし、それで通じないと面倒くさいなとか、敵意が生まれたり。解決できないと、その人の印象をその人以外の同じ属性の人にも当てはめて偏見を持ってしまったり。

T.Yさん
私の経験としては、特定の国の方々に対して色眼鏡で見ているというか、「こういう人種がこういう行動取りがち」とステレオタイプの目で見たり身構えちゃう経験は、どうしてもあります。
親しい人には人種とか肌の色とか関係なく仲良くなれて問題ないのですが、赤の他人だとイメージや偏見を持ってしまったり。人間は生き物なので、防御本能で身構えてしまったりとか。

Erina
自分の心の余裕と、差別してしまう時って、反比例すると思います。自分の心に余裕が無くなるほど差別の心は大きくなる気がして。
個人的に、仕事で緊張していたり、実力以上に感じる仕事の最中とか余裕が無い時ほど「〇〇人だから」って偏見の心を持ったり、何かのせいにしちゃう。自分の実力に自信があって余裕があれば、そこまで偏見の心は起こらないと思う。

Karen
余裕がある時の方が、広く物事を見る。余裕が無いと視野が狭くなって、自分本意に考えてしまうのはあるかもしれないね。

Y.Iさん
こんばんは。僕は中学生の時にクラスの何人かと喧嘩になったのですが、先生が来て、なんで喧嘩になったのかの話になって。喧嘩相手が言ったのが、僕が「外人だから」って。それに対して先生が言った言葉で今でも忘れられないのが「それなら仕方ないね」って言われて。自分の中では差別もいじめも境界線は無くて、同時に食らっていて。

偏見に基づく質問を悪気が無いのにしてしまうのは何故だろうってずっと考えていて。僕は今まで生きてきて、偏見の塊みたいな質問をずっとされてきました。日本に住んでいて思うのは、人の外観を言う悪口が多いなって思う。

いじめとか差別って無くならないと思うんです。だからメンタルケアとか精神的に強くなって、準備するのが一番の対処法だと思います。

世の中から戦争が無くならないとか、人が変わらないから、民主体制とか社会主義とか政治体制があるじゃないですか。結局人間は変わらない、差別もいじめも無くならないから、小さい時から少しづつ準備をしていれば、いざそういう直面にあっても、メンタル的に乗り越えられるんじゃないかなって思います。

Erina
私はハーフで、小さい頃から日本で海外のルーツを持って生活していると、偏見にさらされることもあった。ポジティブな一面もあったし、私はどちらかと言うと「人は変えられないから自分が強くなって、気にしない自分になるしかない!」って生きてきたけれど。
ある意味慣れてきちゃって、鈍くなってしまっていて。こうやって話していると、自分がマイクロアグレッションを無意識にしてしまうことあるなってハッとさせられて。ディスカッションしていくことって、改めて大事だなと思いました。

共感力と差別

M.Cさん
初めまして。私は子供が、重度の知的障害のある自閉症の子なんですね。
同じ年齢の子と比べて、できないことが沢山あるのと、言葉を使えないので、なかなか意思がわからなくて。どう思っているのかをこっちが判断するしかない。

生まれてから今までいろんな経験があって。身内といえど差別をしないのは難しいこともあって。考えちゃいけないような感情が心から湧き上がってくることも結構ありました。
家庭内ではマジョリティなのに。気をつけようと心がけても、苦労させられていると思ってしまう時があるんですね。対等な関係を築けないと感じるというか。彼女はサポートが必要なので、対等な関係を築きようがないのですが。

身内でもやっぱりすごく難しいし、考え続けなきゃいけないと思います。自分がマジョリティであることは、ちゃんと自覚が必要だと思うし、マイノリティである自分の娘の代弁者にならなきゃいけない気持ちがあるので。「しょうがない」ではいけないと思っています。

Karen
身内でも難しいということをしっかりと受け止めて向き合っているのがとても素敵だと思いました。

共感力が鍛えられると、差別が薄まっていくのかな?相手の状況やバックグラウンドに対して、共感や寄り添いができると、差別の心が薄まるというか。相手の状況も自分事に捉えるようになると変わるのかな。

Erina
難しいよね。逆に近い存在になればなるほど、それって時にすごく難しいなって。

知らない人だったら自分との接点が少ないから、心の余裕が持てるけれど。恋人とか家族とか、自分との距離が近ければ近いほど、接点が多くて心の余裕が持ちにくいのかなって思いました。

Karen
距離が近くなると甘えも出るしね。

理解を求めるだけでは、逆に差別を放置する

Karen

karen
知ることは大事だけど、知ることに終わりがないから、それだけで考えると、いつまで経っても人は差別し続けることになってくる。

Erina

Black Lives Matterが話題になった時に、黒のスクリーンショットをインスタグラムに投稿して、黒人差別の意識の啓発を行うムーブメントがあったよね。そうしたら物凄い数のスクリーンショットが各地で投稿されて。
ある種の流行として捉えられて、とりあえずポストしようって投稿されていて。投稿したことで「勉強して行こうね」って訴えたらある意味自分の役割は果たした!みたいな風潮があって。根本から理解しようと思った人は少なかったんじゃないかな?と思ったのを思い出した。
もちろん、本気で黒人差別の歴史を勉強して、差別をやめようって姿勢を持った人も多かったとは思うけれど。

Karen
戦争が無くならないのと一緒で、差別やヘイトって無くならない。かといって反発する気持ちを忘れると、増えるだけ。
前々回の番組で教えていただいた言葉に、国連難民高等弁務官の緒方貞子さんという方の言葉で「残念ながら戦争はなくならないでしょう。でも、無くすことはできるって本気で信じている人にしか世界は変えられません」って言葉があって。
諦めたらそこで試合終了ではないけれど、信じて行動する人がいなくなったら終わってしまうと思うんだよね。
私たちがこうやって皆さんのお話を伺うのも、凄い小さな力かもしれないけど、まず自分たちがどうすれば良いか考えることで、少なくとも世界から差別をする人は減る。このルームをたまたま聞いた人が、自分も差別していたかもしれないって1人でも多く意識を変えてくれたら、少しでも世の中は良くなるのかなって。

長い教育を経て差別が消える時

Y.Fさん
こんばんは。僕は年齢が60を超えているんですが、40年以上前、僕が中学生の頃に日本でやっと同和教育が始まったんです。日本で身の回りの差別とかを、ちょっと病的に沢山勉強させられる時代でした。社会科の授業は全部道徳に当てられる勢いで。社会科の教科書なんかほったらかしで、副読本の方が多い状態。とにかくすごく同和教育を勉強させられたんですね。

何十年か経って最近になってから、若い子に被差別部落の質問をされたんです。その子が10年以上友達として接してきた子から「自分は被差別部落の人なんだ」って告発をされたって相談をされたんですね。
彼女はその友達に「それって朝鮮人のこと?」って聞いたら「違うよ、日本人だよ」って言われて。彼女は、朝鮮人の被差別部落はなんとなく知っていたけど、日本人に被差別部落があるって知らなかった。それでその子は僕に「日本人で被差別部落ってどういうことですか?」って聞いてきたんです。

僕は「そんなことも知らないのか?それはな…」って教えかけて、ハッとしました。
僕は教育を受けているから、それば良く無いことだと知っているということ。だから例え目の前の人が、実は被差別部落の人と知っても、僕は勉強して差別は悪いことだと知っているから、そんなことどうでも良いと思えます。でも、そこに至るにはやっぱりワンクッションあるんですよね。
「被差別部落というものがある。でも人としてそんな古い歴史どうでもいい。だから君と僕とは何も変わらないよ」っていう風に思えるんですが。

でも若い人と話をして「若い人は、そのことすら知らないんだ」と思って。だからこそ彼らは被差別部落の人とも普通に友達として付き合っていたんだ…って考えると、それは僕よりもクリアに、差別をしていない状態なんですよね。普通に友達として付き合っている。

その時僕は思ったんです。「この子たちは被差別部落を知らない。知らないってことは差別を消しているってことだ」って。
もしかしてこのまま知らないことは、悪く言うと無知かもしれないけれど、世の中が被差別部落を知らない人だらけになった時に、そこで本当の意味で差別は消えるんじゃないかって思ったんです。

それで、僕は教えなかったんです。「君は知る必要がないよ」って言って。
この判断が正しいのか間違っているのか、今でもわからない。もちろん、どんな歴史も知るべき風潮があるのは知っていますが。

もしかしたら若い人は、日本に被差別部落が存在したことを知らないかもしれない。僕は、知らないことが最終的に、差別を本当の意味で消してくれるんじゃないか?と思う節もあるんです。知らなくても良いんじゃないか?とも思うんですよ。

Karen
Clubhouseの良いところが今まさに出たと思います。
このまま私とErinaで話していたら、「無知は良くない」の結論しか出なかったと思います。お話を聞いて「無知ということが逆にプラスに働くこともある」と新しい観点が出てきましたね。

Y.Dさん
多分その若い方が、被差別部落を知らなかったり差別していなかったのは、その前の世代が教育を受けて、過剰なぐらい同和教育を頑張った世代を経て、今の若い世代に被差別部落の差別が無くなった成果だと思います。けれどアジアンヘイトに関しては、私たちはまだ教育を受けている段階にいるんじゃないかな?と思いました。

Y.Fさん
おっしゃられたように、長い時間をかけないと消えないことってあると思うんです。それが、僕が受けてきた同和教育の長い時間をかけた成果だとすれば、そこでもう一度僕が知ってる被差別部落の話をすると時代が戻ってしまう気がして。
だから知らない人がいることが成果であれば、そのままにして良いんじゃ無いかなと僕は思うんです。

M.Cさん
同和問題の影響は今も脈々と続いていると思うんですよね。例えば、食肉の加工に携わる人は被差別階級の人たちが従事させられていた歴史があって、職業選択にまで差別が及んでいるので。知らなければ本当に差別が無くなるかというと、当事者にとってはそうじゃないとも思います。

Y.Dさん
例えば、被差別部落の出身なんだよと話を聞いた時に、辛い思いをしている話があるなら、それは話を聞かなきゃいけないと思います。
それと同時に、歴史を知ることは必要だけど、今目の前にいる人と差別の歴史を必ずしも結び付けなくても良いのかなと思いました。

Erina
差別が無くなる過程でステップがあるのかなって、今話を聞いて思いました。
一番良いのは、同和教育という言葉が無くなること。教育しなくても平和が維持される状態や、当事者が当事者であることを意識しなくなる世界が一番の理想だと思いますが、でも当事者が差別されていると思っている間は、啓発を続けなきゃいけないと思うし。いろんな角度やいろんな人たちがいて。だからこそ、この問題は難しいのだなと実感しています…。

Y.Fさん
当事者が差別を受けていないって実感をするのは、周りの人が色眼鏡で見ていないって実感する時だと思うんです。差別をする人が全く居なくなることは無いかもしれないけれど、減っているのに、もう1回ちゃんと教えて、だけど僕は差別しないよって巻き戻すよりは、初めから知らないことはある意味、平等に繋がるんじゃないかなって。

Karen
色眼鏡に対する課題は、見る側も改善点がある一方で、見られてる側も意識の変革が必要と思います。見られる側も、歴史的に差別されてきた自分たちって認識が拭えないと、課題は無くならないって思いました。

T.Hさん
被差別部落の話は、関西地域は相変わらずひどいです。匿名掲示板なんかに、全国被差別部落マップというのが載ってしまうほど。現実にまだ、被差別部落がある状況です。

それから関東大震災の時の話ですが、朝鮮人が毒を入れたってデマが回って、多くの朝鮮人が虐殺されたんですね。そして歴史からそういうマイナス点を消そうとする人が、少なからずいるんです。
そして災害があるとまたツイッターとかで、朝鮮人がどうこう言い出す人たちがいる。歴史を教える教えない関係無しに、差別が降ってくるんですよ。

自分が一番言いたいことは「重大なのは、人権って何か?差別をしないとは何かを勉強すること」。何かのクラスターで人を判断しないとかね。
例えば今、日本に横たわっている差別問題に性差別問題がありますが、たまに出るじゃないですか、「女ってわかんない」って。わからなければわからないって、それで良いのか?と思うんですよ。まず差別をしない。それを勉強するべきと私は思います。

Y.Dさん
属性と違う人がいるのは当たり前で、それぞれのことを理解するのは不可能だけれど、誰に対しても差別しないことを勉強しなきゃいけないんですよね。

T.Hさん
その通りだと思います。例えば、宗教も沢山あるじゃないですか。でも、それらの宗教の中身をみんなが知る必要性は無くて。でも自分と違う宗教の人は困るって差別するのはダメ。そういうことだと思うんです。

まとめ

Erina

えりなかれんで今までディスカッションを続けてきて、私たちはどこを目指したいのか考えた時に「みんな地球人、みんな宇宙人」ってキーワードが自然と生まれて。それが実現できたらみんなフラットで、みんながもっと幸せに暮らしていけるって考えていたのですが、今おっしゃってくれたことが実現できたら「みんな地球人、みんな宇宙人」の世界は実現できるんじゃないかなって思いました。

Karen

karen
今日も良い話がいっぱい聞けて、私たちも勉強になったし、最終的には私たちが思っている「みんな地球人、みんな宇宙人」に繋がって、良い機会だったなと思います。

Erina
答えが無いからこそ、センシティブな内容で。自分がした差別を話すのは私も勇気が必要だったし、みなさんも勇気が必要だったと思います。皆さん、お話してくださり本当にありがとうございます。

ひとりひとりの個別の経験こそ凄いパワーがあると思います。その話を聞くからこそ自分事で考えられて、気をつけなきゃと思える。まずは意識を持つことから、差別の無い世界に近づくんじゃないかなって思います。
答えが無いからこそ毎回違う角度からディスカッションできて、これからも考えていきたいと思います。

参加してくれた皆さん、話を聞いてくださった皆さん、本当にありがとうございました。
1日24時間のうち2時間近くを、このことを考えている人がこんなにいるのは…幸せだなと思いました。
これからも「みんな地球人、みんな宇宙人」の理想の世界に少しでも近づけるルームができたらと思っているので、また良かったらご参加ください。ありがとうございました。

一同
ありがとうございました。

登壇者

Erina(@a.b.c.d.erina)
Karen(@kareeen0221)
ゲストのみなさま

編集:ロガー

カナダ移住し広告とEC運用してます。パレットメディアで記事書き|Clubhouseで【旅部】の部屋を開いたり|多拠点居住話が聞きたい|リンク先に記事や告知掲載|越境EC 北米移住←広告代理店←EC企画運用←PM•デザイナー|日本とカナダのデュアルワーク始めました。

Twitter:https://twitter.com/pukushi
note:トロント暮らし

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